「俺は素人だ。しかも、バスケは一人でやるモンじゃない。悪いが、今のチームで勝ちあがるのは無理だと思うぜ」
「素人が、わかったような口を利くな」
「素人でもわかる現実だ」
お互い、相手の表情を微かに読める程度の距離。だが、聡は蔦が笑っているのを、蔦は聡が睨んでいるのを、はっきりと見てとることができる。
「他の連中にその気があるのか?」
「…………」
「悪いが、他のヤツらから予選突破の士気は感じられねーな。この部は所詮、主将だけが勝手に熱くなってるだけだよ」
「ウチの部に限ったことじゃない」
「確かに…… な」
唐渓高校は、成績重視の進学校だ。最近ではスポーツに力を入れる私立も増えているが、唐渓は伝統と品格を重視し、そちらの方面は後回しにされている。
特に運動系の部活動は、所詮はお飾り程度のモノ。過去に大会などで名を残したことは、ほとんどない。
「目を覚ませ。お前のしていることは、何の意味もない」
「わかったような口を利くなっ」
イライラとしながら吐き出す。
「お前に、何がわかる?」
「わからないな」
即答。
「わからないし、お前の期待には答えられない」
「答えてもらう」
「無理だ」
「無理でも構わん」
それはまるで、何かに取り憑つかれでもしたかのような、妖しささえ漂わせる。
「かまわんさ。どうなってもいいと言うのなら……」
まるで雷雲でも渦巻くような二人の間に、突然流れる着信音。
あまりに軽快な音。息を呑む。
着信音で相手を理解したのか、蔦は番号も見ずに耳に当てる。ストラップも何も付いていない、サッパリした携帯。
「もしもしっ」
その声には、寸分前までのドス黒さなど、微塵も見えない。本当に、ただの高校生でしかない。
「おうっ! 終わったぜ。快勝よっ!」
自慢気に結果を語る姿を見ながら、聡はただただ憤る。
「……… わかった。すぐ行くぜ」
その言葉を最後にパチンと携帯を畳むと、睨みつける聡へ軽く手をあげる。
「まぁ お前に選択の余地はないんだ。次も頑張ってくれよ」
そう言ってクルリと背を向ける。
「まだ話は終わってねーよ」
苛立ちのおさまらない声で引き止めるが
「俺は本気だぜ」
肩越しに一言。
その視線が、嘘ではないことを物語っている。聡は思わず唇を噛む。
そんな聡に満足したのか、蔦は後ろ手をあげた。
「お前も、彼女に結果報告でもしたらどうだ?」
そうして、楽しげに笑いながら暗闇の中へと消えていった。
彼女に……
聡は、一層強く唇を噛んだ。
お前も……… と言うことは、蔦自身も、己が愛しいと想う人のもとへ、足を向けたのだろう。
聡が美鶴を想うように、蔦にもまた、想う人がいる。
聡の中に美鶴への想いがあるから……… だから、蔦が本気であると確信する。
「くそっ!」
強く地面を蹴ったところに、横からの声。
「なんだ? 勝ったのに荒れてんなっ?」
見ると、チームメイトが二人。試合直後であるにもかかわらず、しっかりと整えられた髪形。辺りに漂う芳香。
香水の種類などに興味はないが、きっとそれなりに値の張るものなのだろう。
「今の、蔦か?」
「あぁ」
すでに消えてしまった背中を、薄暗闇の中に追う。
「な〜んだっ」
残念そうな相手の声に怪訝そうな顔を向けると、目の前に小さなタオルがヒラヒラと舞う。
「この間、何かのイベントの時に親父が貰ってきたんだ。これは蔦に渡すのがベストだと思ったんだがな?」
天使のイラストが施された、ミニタオル。
人差し指と親指で摘みながら、クツクツと笑う。
「いっそのこと、アイツの背中に天使の羽でも生えてりゃあいいのによ。そうしたらあんなチビでも、ちったぁ役に立つってもんだ」
「それよりも、天使そのものを出してみたら? その方が手っ取り早いんじゃない?」
その言葉にまたクククッと笑うと、タオルをヒラヒラさせながら聡に背を向けて去っていった。
吐き気を感じた。
そもそも、こんなことになったのは―――っ!
こんなこと、何の意味もないということはわかっている。ヤツの挑発になど、乗る必要はない。
だが、そうすれば結果どうなるか?
聡には、自信がないのだ。
もしも――――
そこで頭をブンブンと振る。
やるしか…… ない
泣き出しそうな空を見上げるや、美鶴の顔が浮かび上がる。
もう何日も見ていない。
いや、学校で……… 例えば廊下などでチラリとその姿を見ることがある。だが、なにかとタイミングが悪く、声をかけることもできない。
「逢いたいな………」
ふと呟くと、その想いは急激に膨らんだ。
別に逢うなと言われているワケではない。結果報告でもしたらどうだと、言われたくらいだ。
聡の足は、すでに美鶴のマンションへと向けられていた。
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